一、ふるさとの風土・伝統を大切にする
二、出来立ての風味をお届けする
三、誠を尽くして偽りのない商法を守る
損して徳(得)とれの正直商売で、お客様に喜んで頂くのが一番です。人と人とのつながりを大切にしてお客さまに尽くせば、信用は築かれます。量産ではない「商品つくり」で、特色を出していく事が大事と思います。
明治の中頃、三河の藩豆地方は豊かな三河湾で獲れる魚で大いに栄えていました。「アカシャエビ」は古くから三河湾で大量に漁獲されていたエビでしたが、当時食用としての需要はふるわず一部は乾燥加工され、「カジエビ」という名で中国に輸出されていました。その中国ではこの乾燥エビをせんべいに入れて加工し、再び日本へ輸出していたそうです。
そのせんべいは庶民の手には届かないとても高価なものでした。この地方で蒲鉾等の練り物の製造を生業としていた通称「かまぼこ文吉」が、このエビを地元で加工できないかと工夫し考えたのが、この地方のえびせんべいの由来とされています。
さらに、伊勢富田の地から来往した通称「ひげ貞」により、蒸し器で一度に多量のエビを処理することが工夫され、これまで高価であった中国製品に対し、安価でかつ多量にえびせんべいを生産できるようになり、この地方がえびせんべいの産地となりました。以後、米せんべいとの違いを説明しながら県内外へと販路を拡大し、現在、愛知県はえびせんべい生産量全国一となっています。
大正 9年
初代音羽屋 啓一が横須賀で創業
昭和 6年
二代目浅井一郎が初代の味を引き継ぎ大田町に移店
昭和26年
三代目浅井次郎に代替わり
平成13年
四代目前田幸弘に代替わり 現在に至る
現在の「音羽屋の海老せん」は、職人肌で頑固一徹だった三代目音羽屋の努力とこだわりの結晶です。初代から受け継いだ技術と味に改良に改良を重ね、音羽屋独自の技法や特注の機械など「海老せん」への追求は本当に凄いものでした。
それ以来「音羽屋の味」をずっと守り続け、時代は変わってもいつまでもお客様に愛され続けている事は三代目にとって最高の喜びだと思います。インターネットを通してより多くのお客様に「音羽屋の海老せん」を味わって頂ければと思います。